私の尊敬する人

私が尊敬する人の中に、祖母がいます。
祖母は、私が物心がついた頃には介護の仕事をしていました。
昔の病院は今のような完全看護ではなく、寝たきりの患者さんの身の回りのお世話を、家政婦さんが病院に泊まり込んでしていた時がありました。
祖母もその家政婦の一人でした。
だから、祖母に会いに行くのは、『お婆ちゃんの家』ではなく、働いてる病院だったり、病院から少し離れた駅前の喫茶店だったりしました。
いつも会う時は良いけど、別れ際は何故か切ない気持ちになって帰って来てました。

病院での付添婦が廃止になってからは患者さんの自宅で介護の仕事をしていました。
始めは特に資格の必要は無かったのてすが、介護ヘルパーの資格が必要となると60代半ばで勉強し、資格を取り、
3ヶ月、半年と住み込みで働き、年末年始も休まず患者さんのお世話をしていました。
常に寝たきりの患者さんのお世話なので、ご飯もミキサーにかけて砕いてあげたり、パジャマも一人で着替えさせないといけないので、
手縫いでファスナーを付けたり、オムツを変えるのもお尻がただれないようにと、祖母は常に患者さんの立場になり常に工夫を続ける人でした。
その甲斐あって、患者さんも元気になって長生きされ、ご家族にも喜んで頂き、祖母に診てもらいたいと指名を受ける程でした。

そうして祖母は、80歳まで介護の仕事していました。
人の悪口は一切言わず、愚痴一つこぼさずに黙々と80歳まで仕事を続け、引退してからは、ようやく家でゆっくりしていたのですが、
引退してから3年後に、今度は祖母に胃がんが見つかりました。既に末期で3ヶ月もたないと言われましたが、1年近くも寿命を延ばして主治医の先生にもビックリされる程でした。
今まで沢山の人を介護してきたので、自分の病状がどんなものなのか、だいたい分かっていたと思うのですが、闘病中も弱音や愚痴をこぼすこと無く、
病気と闘い続けて、凄まじいほどの根性と生き様を見させてもらいました。
私にもこの人の血が流れているんかな?って思うほどの強さで、もう亡くなってから今年で8年経ちますが、祖母を思い出さない日は無く、今も私の心の中で行き続けています。
ほんとにカッコイイお婆ちゃんで、私の憧れの人です。

会いに行くといつもお小遣いをくれるので、私が気を使って、『お婆ちゃんいらんで』と言っても、
『何いうてんの、会いに来てくれるのが嬉しいねんからもらっとき、お婆ちゃんが死んでから、会いに行ったらいつもお小遣いくれるお婆ちゃんやったなって思われたいねん』って笑ってお小遣いをくれる豪快な祖母でした。

自分が働き出してから、お金を稼ぐことの大変さが分かり、特に祖母の仕事は私にはとてもじゃないけどマネ出来ない仕事で、感謝しかないです。

必ず人間は亡くなる時がくると分かっていましたが、
めちゃくちゃ強い祖母だったので、祖母が亡くなるとか想像が出来ず、まだまだ先のことのように思っていましたが、祖母が亡くなって初めて身近に居てる大事な人の死に直面しました。

祖母が生きていたら、あれもこれもしてあげたかったな。と思うこともありますが、祖母に出来なかった分まで、両親に精一杯親孝行していきたいと思っています。
そして祖母は『人のために灯りを灯せば、自分の前も必ず明るくなるように、人のために尽くせば必ず自分に返ってくる』とよく話をしていました。
私も祖母のように、人のために尽くせる人になりたいと思います。