じーちゃんが死にました。
じーちゃんは幼い頃貧乏で隣の家のトマトをよく盗んでは怒られたと話していました。
兄は戦死し、戦後に兄弟は幼いじーちゃんとじーちゃんの姉だけ残ったそうです。
じーちゃんも育ててくれた姉さんには頭が上がらないと話していました。
時は流れ、じーちゃんは印刷会社に就職し
敏腕営業マンとして社内でも評価が高かったと聞かされました。
月の接待費は数百万を超えて、毎晩飲み歩いてはばーちゃんに怒られてたそうです。
しかしその接待費の数百万で数千万の仕事をたくさん頂いてた結果会社からは何も言われなかったと話していました。
その後ばーちゃんと結婚し、
ばーちゃんは駄菓子屋を開きじーちゃんは給料もよく、親父が生まれ、何不自由なく暮らしていたと聞きました。
僕が生まれた時は初孫となった僕をそれは大変可愛がっていたと聞きました。
じーちゃんは昔から後先考えないところが短所ではありましたが、とても愛情深く、とても行動力のある人だと周りからは言われていました。
数年ほど前に肺に穴が空いてしまって自宅で呼吸器をつけながら過ごしていた時も、家が暇だからと近くのカラオケスナックに顔を出して地元の人たちと交流を深めていたそうです。
そんなじーちゃんは2026年2月5日に91歳で死にました。
僕は最後の最後にどうしても91年間どういう人生だったかを聞きたくて病院を尋ねました。
話すことができなくなる前にどうしても聞きたかったのです。
僕はじーちゃんに
91年長かったなぁ。どんな人生やった?
と尋ねると
いい人生やった。いっぱい遊んだ。
と細い声を振り絞って僕に教えてくれました。
僕はその声の弱さと眩しいほどの言葉のギャップに圧倒され、声が出ませんでした。
僕は昔このような言葉を聞いたことがありました。
人生は一列繋ぎのオセロだ。
生まれた瞬間に喜びの白を置き
痛み、苦しみで黒が並ぶ。
でも死ぬ間際にもう一度だけ喜びの白を置けたら
今までの痛み苦しみは綺麗にひっくり返る
僕はそんな言葉を聞きました。
じーちゃんの人生も最後の最後にはとても綺麗な白が並んだとその言葉から感じ取れました。
川の流れは石を置けば止まり、
血の流れは人が死ねば止まります。
では時の流れはどうすれば止まるのでしょうか。
僕は本質的に時を止めることは不可能だが、思い出や写真、動画などで止まった時間を残すことは可能だと思いました。
もし自分がいつかじーちゃんのところへ行く時が来れば、じーちゃんが毎晩飲んでた焼酎をお土産に思い出話や昔の写真を持ち寄って2人の止まった時間を過ごしたいと思いました。
そして僕も最後の最後にいい人生だったと胸張って言えるように仕事もプライベートを全力で生きぬきたいと思いました。
以上

